河野裕子「葦舟」（2009年12月：角川書店）
こめんと
第14歌集。あとがきに「これからも今までのように全力で歌を作っていく。これは、誰とでもない、わたし自身との約束なのだから。」とある。こちらもまっすぐに読む。
付箋
咲かむとし蕾うへ向く桜木を三月終りの陽がわたりゆく
月の夜の湿りし空気に膨らめるそらまめの花ゑんどうの花
影踏みて歩みゆくうちずずずずずとわが身の中心がずれてゆくなり
古書店をめぐりゆくひと人界のひぐれの縁を危ふくわたる
雨の日の藪の匂ひの中に煮る青魚の目の白くなるまで
無愛想な棕櫚の木なれど戦ぐとき影はらはらと風にひろがる
新しい運動靴をはきし日の子の足の裏ゴムの匂ひす
誰からも遠くに居たいと地下鉄のベンチで電車二本やり過す
どこにどう運ばれゆくのか夜の電車雪が降りゐる 駅名も見えず
傘さして帰りて来たる娘には傘のやうなる誰かの気配
冬枯れの対岸の疎林くつきりと余白となりし空を背にせり
生きながら死んでゆくのが生きること眠るまへ明日の二合の米とぐ
たくさんの朝顔とコスモスの種を蒔く 良き季節は育ちながら来る
