あの日の海

　まひる野所属の作者の第一歌集。島田修三氏による帯文があるだけで、後書きも跋文も無い。奥付によれば1977年生まれで、まひる野入会は1995年とある。2004年から私立中高一貫校の教員であるらしい。目次には2000年から2010年の作品とあるので、初期の歌は歌集には入れなかったようだ。

一九五八年にぼくは生まれこの十月に死ぬはずだった

　巻頭歌である。やや屈折した若さは感じられるが、唐突にこれが出てきたので、残念ながら意味するところが分からなかった。

デパスにてこころ操るぼくを褒めＮ医師が診察を終えたり

休職を告げれば島田修三は「見ろ、見て詠え」低く励ます

　その一方で病気の歌はかなりストレートである。歌集の後ろの方で快方に向かっているらしい歌もあり読者は少し安心する。

ホチキスを探しておれば桃味の飴をくれたり新田先生

寒い日もクンシランに霧吹きかける加茂先生の分厚いメガネ

　歌集中多くを占める学校詠では、教師という職業詠よりも、職場詠として同僚が詠われているものに特徴があると思った。

カーテンに春の光の添う朝はじめて見たり君の歯みがき

　美しく初々しい相聞歌。この後「君」から「妻」になり、妻も歌人であるらしく、「豚バラ」で二十首と言うなどほほえましい。

お隣の佐藤夫婦へ高すぎず安すぎぬ菓子を見つくろう妻は

「豚バラ」で二十首位詠めば？って皿洗いつつ妻が呟く

桃色の布団に妻は尾の切れた蜥蜴のようだ伏して泣きおり

たろうさんたろうさんとぼくを呼ぶ義父母に鬱を告げ得ず二年

　詠われている妻にとっても、鬱の夫を支える日々は並大抵のことではないだろう。辛抱強く二人で詠っていくことを願っている。