海の人形

　「かばん」所属の三十代女性歌人の第一歌集。しかし先行する「かばん」の歌人たちの性別のないポップな歌い口とは少し違う、しっとりとした女性らしい歌が目を引いた。

「A SOLDIER」とのみ書かれたる墓碑銘としばし一つの日傘に入りぬ

ひらかれし母の子宮に弟と私のいた痕が残れり

　この視線はまさに女性のものである。歌集中には巡礼おつるの歌もあり、作者は徳島の人形浄瑠璃のような、日本的な情の深さを心の底に持っているのかもしれないと思った。

お面屋にウルトラ兄弟揃いいて瞳の穴を通う秋風

　好きな歌である。どこかユーモラスで物悲しい。作者の視線は対象を見下すのではなく、心に寄り添うようでやさしい。これは生徒を歌った歌にも良く現われており、教師臭さがない。

一人泣けばつぎつぎ泣きぬユリノキの木陰に組んだ円陣の中

六月の薔薇園にきてスリッパを並べなおせること無限回

不思議なり醜女の話美女よりもくはしく今に残せる「古事記」

　さらに、この歌に始まる「葦原醜女」は古事記に取材した意欲的な一連で、面白く読んだ。ただ、物語を辿ることに重心が置かれすぎているのでもっと大胆に踏み込んでも良かったかもしれない。専門家としての理性がそれを許さなかったのだろうか。
　難点をいえば、一つ一つの歌は大変魅力的なのだが歌集全体として見たときに、旧かなと新かなが混在しているのは読みにくい。さらに挿入されているエッセイは単独で読むと大変面白いのだが、歌の間に挟むと生身の作者がストレートに出すぎていて、歌の持つ詩的叙情をやや損ねているようで惜しい気もする。