浦河奈々「硝子のあひる」（2024年；短歌研究社）
こめんと
第3歌集。亡き両親と夫に捧げる、とあとがきにある。夫と二人で、花を愛し、鳥を見に行き、身体を労りながらの静かな暮らし。父を送り、実家を閉じる。いろいろ葛藤もあっただろうが心の底に沈めてあくまでも歌い口は静か。
付箋
スワロフスキーの硝子のあひる口あけてなにか訴ふ飾り棚の中
みづ散らし三羽の白鳥とびあがる黒みづかきの脚はがにまた
バズーカ砲のやうなカメラを肩にのせ梅のあはひを歩みゆく夫
花壇のすみに生えたかぼそきアスパラを茹でて食せばまた生えてくる
おのれのみ抱きて首まで浸かる夜の湯をセメントのごとくおもへる
日の当たる斜面に蕊出し咲いてゐるコヒガンバナに憑くものは来よ
らせん状に茸は幹を駈けのぼる雨模様なる樹間をゆけば
波立てて迫るジョーズに似た車まうしろにゐて車線変更す
流れにはつね抗へど勝てる術なければやがて透きとほるやみ
八十の姑への服を選びつつ亡母には来ない時間をおもふ
柱状節理冷えたるマグマの削がれたるのちうつくしくによきによきと在り
老い父は付き添ふわれが木乃伊でもたぶん一向にかまはぬだらう
ヒスイカヅラに吸はるるやうに近づけば翠の角がふと零れたり
常磐線に立ちつつ見たり我が実家のありたるところぽつかりと穴
真昼間のエキスポセンターさんさんとロケットの下に草を取る人
ゼームス坂おもへば檸檬の香りする智恵子は現代なら治つたらうか
竹の花みたことはなし竹林のクローンの竹のクローンの花
深川めし買ひて高速バス停に「上京」こつそり味はふ羞しさ
