勝手に付箋

中澤百合子「青き麦なり」(2014年;ながらみ書房)

こめんと

第一歌集。跋・三井修。

付箋

 


霧雨にけぶる手賀沼対岸の車の灯火かすかに動く

惜しむほどのことなき一日と思いつつ夕べを立ちてシンクを磨く

背伸びしてそっと触れたり花水木の枝に残れる紅の実を

足音に寄りくる黒き鯉の口われを呑みこむ勢いに開く

携えし旅行鞄に黒き服ひそかに入れたること思い出づ

きさらぎは雛の棲める部屋となる母の住みたる小さな和室

院長の急逝ゆえに閉ざされし整体院に白バラが咲く

八角の時計が時を刻みいる夕べ夕べに螺子を巻きたり

帰りたいと呟く母の一言の聞こえぬふりして足裏もみやりし

残されし家計簿のすみのメモ書きに「今日も帰らず、娘らが逢う」と


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