魚村晋太郎「バックヤード」（2021年；書肆侃侃房）
こめんと
第3歌集。帯・カニエ ナハ。「詩歌は、そして私はどのやうに変はつてゆくのか、世界の裏庭のやうな場所に佇んで今少し見届けたいと思ふ。」と後書きにある。Oさんからお借りして読んだ。
付箋
連翹は黄をあふれしむ歳月がまぶたをとぢたあとのひだまり
ひだまりを汲む井戸がある匿つてくれたあなたのちひさな庭に
鏡文字ならぶ窓辺にたたずめば広場の欅芽吹きつつあり
予報円があなたの街へ移るころまたつよくなる窓の風雨は
もう雨に濡れることなき青梅は照らされてをり夜の西友に
思ひ出すことは思ひ出せないことたちにかこまれ疎林はけぶる
手鏡に陽差しはあそぶ窓際の少女しづかに目をかざるとき
いつ降つた雨のなごりかぬかるんでゐるひとところまたぐ裏町
鯨油をすひ火をかかげゐし灯心のにくしみといふしづかなちから
夢のなかまで覗かれてゐるやうで、でも雨の薔薇手折るしかない
煮炊きするものの匂ひの裏路地はどこかで秋の虫が鳴いてる
初台を過ぎるあたりまで窓の外をうかがふカーテンの隙間をあけて
エアコンの送風口の向きをかへまたかへてあさい睡りをつなぐ
