古志香「バンクシア」（2024年；本阿弥書店）
こめんと
第2歌集。栞・島田修三、奥田亡羊、小島ゆかり。2014年から2023年の歌。連れ合いの両親と自分の母を立て続けに亡くし、苦い塊も詠われている。共感する歌も多かった。かりん所属
付箋
春の雲はるかにひるを流れゆきひんやり光る避雷針見ゆ
三番まで校歌うたひて息切れすホームカミングデーは黄落のなか
五階に住めば耳恋ふるなり軒ふかき日本家屋に聞きし雨の音
存在感うすき私は食べるのものろのろとして、のりたまが友
志願書に押さむとしたる実印を取り上げられて生きのびし父
着ぶくれが嬉しくてゆく秋の川かめは沈んでまた浮いてくる
生真面目はときに労しあへぎつつ最後のお湯を吐く魔法瓶
背中心ますぐに喪服身につけむ誂へくれし死者義母のため
浴槽に瞑れば雨のおと聞こゆほどなく雪とならむ夜の雨
髪失ひしわが母のためふつくらと毛糸の帽子編みくれし義母
さわさわと潮泡立ち寄せる音蚕ひたすら桑の葉を食む
遠来の次男夫婦と知りしのち医師は何かを告げぬまま去る
未明の電話に届く父の死 ながくながく俯きて歯をみがきゐし夫
介護して知る悲しみや老い母にバラバラのパジャマ上下を着せる
あひいれぬ弟のかほに見てしまふわれ本来の眉のかたちを
来む春に空間生るる母の部屋おとうとが捨てる仏壇しづか
パンタグラフの影地を走るその迅さ追ひたり電車の窓にもたれて
わが知らぬあだ名に温かく呼ばれ娘は祝婚のスピーチを受く
恐竜に噛みついたまま凝りたる鮫の歯化石となりて残れる
去りぎはにゴジラの見せし偏平足なにか悲しく胸に収めぬ
バンクシアの花言葉「心地よい孤独」やせこけた地によく育つとふ
