永田和宏「某月某日」（2018年；本阿弥書店）
こめんと
第14歌集。「歌壇」誌に2014年10月から1年間の日付のある歌。言葉書きと歌が掛け合いのようで面白い。しかし、忙しい。そして飲み過ぎ。さびしさを埋めるように忙しくしているのだろうと思うが、お孫さんたちのためにもお身体大切になさってください。
付箋
たつた一個残されてなるほど木守り柿ふるきことばの身に添ふ齢（10月19日）
ゆつくりとことばが声を待つてゐる午後の豊かさしづかなるこゑ（11月11日）
このくらゐの頃だつたらうかわたくしが母から離され預けられしは（12月5日）
嫌がるまで抱きしめておけ 抱くことを許されぬまま母は死にたり（1月8日）
飲まうかと言へば一緒に飲みくるる子がありわれに子が誇りなり（2月13日）
こんなとき一緒に飲んでほしいのに写真のあなたは笑ふばかりだ（3月7日）
疲れたなあと肝臓が言へば俺なんかもつとひどいと脳が応へる（3月22日）
ふたりだけの時間でありしあの夜を最期に思ひ出したのか きみは（3月29日）
この友を持ち得たことを率直にわが生涯の幸せと言はむ（4月8日）
横にならんでブランコにふたり揺れてゐる紅里と私 夕風のなか（6月1日）
大学は喜ばぬだらうがまあいいかもの言へるあひだは言はねばならぬ（7月11日）
竹箒どれも折れゐて捨てられず君の箒は逆さまに立つ（7月12日）
こんなにも花が届いてあなたはまだ裕子さんなのだむかしのやうに（8月11日）
ワイシャツの襟の擦り切れゐたること気づいてくれる誰もなしわれに（8月13日）
来てくれと言へばぼそりとやつて来てぼそりと帰るわれの息子は（9月7日）
十五年いろいろのことのありしかばそのいろいろがわれを老いしむ（9月22日）
遺影とはわが思はねど水色の着物の写真をときどき拭ふ（10月14日）
微かなる白が浮きゐる闇のなか闇に手触りといふが生まるる(10月15日）
