松尾祥子「楕円軌道」（2021年；角川書店）
こめんと
第5歌集。夫、父、甥と三年続けて家族を亡くしたあと、二人の娘がそれぞれ伴侶を得て、子どもを授かったかけがえのない6年間だったという。コスモスの選者になったとき宮柊二の写真を文机に置いて選をしたという歌も印象的だった。
付箋
本籍をわたしの家に決めて子は婚姻届に判を捺したり
文机に宮先生の写真置き慎みて初の選歌終へたり
育ちたる子にわれの香のもうあらず手を振り別る渋谷の駅に
亡き夫のペンケースよりをりをりにペン借りて書く歌の断片
膝の上の犬あたたかし眠りつつ息を吸ふときふくらむ体
地下鉄が地上を走るひとときをビルがゆき木々がゆき影がゆく
子は明日をわれは昨日を語りつつゴンドラでゆく大運河
歩き方講座で学び肩さげて内臓あげて駅前をゆく
賑やかに迎へん夫の五年祭子らは伴侶を得て子を授かりて
生きたやうに人は死ぬのか月光に白く浮きたつ山茶花の花
カップ麺一人啜りぬ３密を避けて通へる職場の机
コロナ禍のよきこと一つ ありのまま生きんと決めて髪染めを止む
