遠藤由季「北緯43度」（2021年；短歌研究社）
こめんと
第3歌集。covid-19の感染が拡がる前の世界をパッケージした、と後書きにある。落ち着いたトーンで、人生にさざ波はたっているが淡々と詠われている。タイトルの北緯43度は恐らく札幌の緯度だろう。札幌を訪ねていった一連は大人の恋物語を匂わせる。
付箋
雨宿りしているカフェは街路樹の等間隔のあいだに建ちぬ
前かがみに人々走らす広重の雨の角度をいま窓に見る
初雪の残る札幌指先のあたたまるまで地下街をゆく
重ならぬ景にそれぞれ香るべし初夏のライラック初秋の木犀
下敷きで風を起こした夏はるか制服のころ汗ぬぐったか
煮びたしにされたる茄子はとろとろと夏の思い出崩しはじめる
上句と下句換えても歌になるような午前と午後なり窓うす曇り
洗濯機を一度もまわしたことのなき父をいまさら疎みはせぬも
終電は今宵もどこかで遅れいむためらうごとく雪の降り出す
リケジョなるゆるキャラめいた言の葉で踊らされたるわたしもいたり
先細りしながら垂れる藤の花春雨橋を風もわたりぬ
本と住む暮らしとなりて何年も人を叱らず叱られもせず
