永田和宏「風位」（2003年10月：短歌研究社）
こめんと
人間臭さがあたたかさになっている。
付箋
村上重漬物店の大樽の影ひっそりと路地に伸びいつ
わが家の智恵の内子は留守らしきいっせいに柿に灯ともる頃を
蓄えし髭の深さに埋まりいし頃ぞ野心はきらきらとして
重力を解放されてふる光 花はまばたく水までの距離
ワタスゲはいっせいに揺れる湿原にワタスゲは風を揺りいだすごと
爪のびてきたればそろそろ帰るべし帰りて首まで湯に浸かるべく
捨ててあるテレビに映るひまわりの日の翳るときは花翳るなり
ふところに月を盗んできたようにひとり笑いがこみあげてくる
まだ母を覚えていたのかあの頃は両手そろえしわれが写れる
今ごろは子を抱きいんか生きのびし佐野朋子のそののちを教えよ
てのひらに蝉のぬけがら ぬけがらを残して人はただ一度死ぬ
骨シンチ受けいる頃なり横浜のみなとみらいになぜわれは居る
病む人は病者の時間のなかにあれば白梅のかなたに透く昼の月
