糸川雅子「ひかりの伽藍」（2022年；ながらみ書房）
こめんと
第7歌集。高校教員を退職後、コロナ禍となり自分の生活の優先順位を意識することにつながったと後書きにある。
付箋
教室にはさみ忘れてきたような気分の日暮れ留守電をきく
チロルチョコ五つ買いたりそのなかのひとつ抹茶をまずは味わう
かなしみは塊だから雨に濡れ深緑色に融け出してくる
のぎへんの言葉さやさやさわぎだす一両列車の山をゆくとき
透明なビニール製の核の傘さしてはみあぐ世界の雨を
日のおちて思えばひと日語らざり人と会わざり 大根を煮る
くだるよりのぼっていくのがやはり好き坂の上にはひと待つごとし
灯をともしきょうも始まるわが夜の視界の端に置かれて 砥石
金曜は勤務なき日で階段をのぼらずくだらず平らかに生く
「山姥は強くないとね」励まして肉を食むため牛刀を研ぐ
貧しさの信ずることにつながれば祭のようにみな濡れてゆく
その後の大震災を、コロナ禍を、夫は知らざり早くに逝けば
そちらから見おろす位置ゆ椿落ちその枝の下しんみりと老ゆ
