後藤由紀恵「遠く呼ぶ声」（2023年；典々堂）
こめんと
第3歌集。Oさんから借りた本。静かで透明感があって風通しの良い歌。
付箋
すり抜けてしまったものはきっと虹 巻き戻さない淋しさもある
カレンダー白きまま夏は近づけり 素足で砂を踏むような日々
ときおりはわが枕辺の夢としてのっぺ汁など作る祖母なり
路地に咲くほたるぶくろの鈴なりのひとつひとつに入れるかなしみ
抱かれしを忘れて育つ友の子が右肩に残すミルクの匂い
改札に別るるときの素っ気なさ父とはすいと消えてゆく虹
泡立ちのよき石鹸に包みおくすぐによごれてしまうこの手を
春キャベツよき言葉なりざくざくと音を立てつつ春を分けあう
数日を実家に過ごせば方言のほろほろひらくわたしの言葉
坐るひと立つひとつぎつぎ入れ替えて座席の昏きむらさきの見ゆ
忘れゆく祖母を責めたるある夜のわが声にがく胸にのこりぬ
もう何も話さぬとばかりに空だけを見つめつづけし祖母に降る雪
この世での最後の飲食あまざけに胃の腑あたため逝きたまうなり
久しぶりとそうでもなしと少しだけ久しぶりなる友だちの顔
荒れてゆく肌も言葉も鎮めがたくうすむらさきの木槿ゆれたり
いくたびも身許を確認されながらすすむ列よりふいに逃げたし
密という字がわるものとなり山茶花のひとつふたつの咲き残りたり
