松村正直「午前3時を過ぎて」（2014年；六花書林）
こめんと
第3歌集。2006年から2010年までの作品。
付箋
右端より一人おいてと記されし一人のことをしばし思うも
すれちがう人の多さが春である疏水のみずを渡りゆくとき
立場上引き止めているだけなるを鴉は屋根に二度三度鳴く
感情にうすき膜張るゆうぐれは紙を数えて人には会わず
東京に家のなきことさびしくて都心の白いホテルに泊まる
聞かなければよかった話を聞きしのちまばらな星をあつめて帰る
酔う前も酔いたるのちもトイレには鏡のありて私が映る
円柱のふとき陰よりまたひとりひと湧き出してロビーを歩く
窓ガラスに映るあなたはあなたよりやや年老いて全集を読む
便箋に折りたる鶴は夜が明けて机のうえに姿のあらぬ
ハイ、ハイとうなずくわれの声のみが四角い部屋に四角くひびく
金の時計・銀の時計のある駅の銀の時計にわれらは集う
人の死を打つ指先の、文字にすることは確かなものにすること
