作者名「Curriculum Vitae／ポリクリノート」（2025年；角川書店）
こめんと
第1歌集。帯・馬場あき子、解説・坂井修一。19歳から49歳までの1万首の歌から450首を選んだとある。作者は医師。斎藤茂吉や上田四三二の歌に心を寄せてきた。人生の重みが素直に伝わってくる歌集。
付箋
山吹の色鉛筆を買いに行く実習に減りやすき山吹
しろがねのメスを当てれば遺体にはひんやりとした抵抗がある
おもむろにあててみるなり聴診器購い来し夜の我が左心室
当直のうら若き医師呼ばれ来て薄明に死の宣告したり
マラセチアフルフル菌を追いかけし杢太郎とは如何なる親父
壁ありて我が影ぐっと曲がりおり一緒に曲がってくれる人欲し
名も知らぬ黄色い花が挿してあり診察のたびに匂いをこぼす
ひとしきり風車回し春が過ぐ 人知れず散る桜もあらむ
人間の死を見過ぎたる目玉かな今宵まぶたの裏まで洗う
夕暮れの列車は傾ぐ 告知して救われたのは我だったのか
病室の天井ばかりを見て過ごすこんなにも白い時間のありて
子とわれの時間の中に香りたる白梅の白めざして歩く
風船をひとつ下さい春の日のおさなき指を長く忘れず
太平洋のむこうに妻と子はありて一日違いの海を見ている
手を添えて書けばなかなか難しくさくらさくはる、はるさくらさく
明日殺すネズミに餌を与えむと夕暮れてひとり上る階段
病名を知りたがりたる患者あり知るというその重みを知らず
臨終を告げてよいかと我は問いかたわらの人頷きにけり
ロピタルの定理はいつも鮮やかに娘と我は似た手を使う
ポスドクは足長蜂のごとくいてある日は巣ごとなくなっており
呼吸器はため息のごとく息を漏らしひとりひとりに夜は長しも
どこまでも白い巨塔を歩くゆえ鎧のごとく白衣を愛す
往診の岐路にすももの花は咲き雪解け残る道を選びぬ
ほうじ茶は久しぶりねと君が言い谺のごとく我に残りぬ
