祐徳美恵子「左肩がしづかに」（2023年；青磁社）
こめんと
第1歌集。跋・花山多佳子。帯・永田和宏。1972年塔入会。1990年代に作歌を中断し2012年再入会。仕事と介護に疲れ自分を見失いかけた時期に再び短歌を詠み始めた、と後書きにある。
付箋
手放すは安らぎならむ裸木がゆふおほぞらの彩雲を抱く
弧がふたつ交はつてゐる三日月と今宵見てをり遠く離れて
遠き日の肥後手毬唄いきいきと勝ち気な友が毬くぐらせて
釣銭を渡してくれる人の手のささくれ不意にこころを醒ます
歌詠むはこの世を生きていく手立てそらに彩雲のひろがりが見ゆ
先のこと分からぬわれと今日のこと分からぬ母が桃を分け合ふ
窓際に練習プリント並べ置くアンモナイトの化石ものせて
洗濯機いくども廻す真夜中は介護のなかに溺れてしまふ
痙攣が母を貫き終はるまで抱き留めてをり腕と其のいのち
亡き母が母の声にて逢ひに来る夢の廊下は寂びさびとして
この世には繋ぎとめ得ぬものばかり金木犀は花降り零す
秋の日を追ひて干しおく座布団に陽が揺れてをり母がゐた場所
近寄りて見つめ合ひたりくちなはと人間われに言葉は要らず
ネジバナのほそき螺旋が今宵わが机上にありて文を書かせる
海沿ひの無人の駅にさくら咲き母ゐるごとく祖母あるごとし
白い月刃こぼれながら懸かりたり生きがたき世の比喩のごとくに
