蛭間節子「白いカローラ」（2021年；角川書店）
こめんと
第1歌集。帯・馬場あき子。解説・米川千嘉子。昭和5年生まれの作者。歌人の森川多佳子氏のお母様。自身は癌を患い、長年夫を看取り、重度の障害者の息子がいる。しかし歌はお元気そうで何より。どうぞこのまま御健詠ください。
付箋
城とみまがふ店構へにて一つしか売らぬ<ういらう>かしこみて買ふ
うつし絵に赤き被布きて雛とゐる吾子ふたりごの母となりたり
「ドナウの泉」とふ源流を覗きたり湧くとも見えず砂うごきつつ
普通のこと普通に出来るは非凡なり管みんな取れ二足にあるく
二つの名持つらしい猫ノラとよべばふと振りむきて目を細めたり
さくら見る定位置はあり夫のたつ二階の窓を磨いておかむ
全身麻酔さめやらぬ子が壮年の面ざし見する 髭剃りやらねば
小田原攻めの秀吉思へり 石垣山一夜城址に沢蟹はしる
花の憂ひ花の数だけあるべしやふかぶかとさくらしべの黙はも
声たてて笑ひてみむかむなしけれど笑へば笑ひの生るる気がして
十二畳のリビング湖の底と思ふ夜は寂しさ一直線にくる
心しづめ梱包ときぬ八十路わがもろ手にかかぐ青い地球儀
前頭骨割れし音かと転倒のスローモーションいまだあざやか
出征を告げず「月光」を弾きゆきし音楽教師は帰らざるまま
さきくませの思ひをこめてテレビ消すわたしはわたしの令和を生きむ
