仙田篤子「万の蛍火」（2009年；青磁社）
こめんと
第１歌集。跋・花山多佳子。波濤、泰山木、を経て塔に入会した。「独特なまでの旧き良き歌の香りがあって」と跋文にある。
付箋
選抜にもれし息子が呼ばれたり試合時間はまだ少しある
その口調まねてみるとき確信す癒えぬ病と知りてゐしこと
わが好む野草一鉢買ひ来しと往診かばんも置かで父言ふ
帰路にあらむ子を待ちて剥く八朔の一粒づつが真夜の灯反す
うつむきて笑ふ人ではなかりしと笑顔にならぬその笑顔見る
思ひ出を呼ぶ何なしと見返ればとんがり屋根の駅舎古り見ゆ
毀たれし白磁の壺の真白なる姑のみ骨のわづかに傾く
いまになほ知り得ぬ人の心など計るは止すと熱き湯を浴む
久に泊る実家に聞きをり地を伝ひ最終列車の遠くゆく音
所在無く腕に残れり泣き疲れ抱かれゆきし幼の軽さ
シャボン玉なかなか出来ぬ幼子の背に回りて北風を受く
ニューギニアの夜の行軍に見しといふ森の一木の万の蛍火
見送らぬと決めし幼の発つ時刻迫ればひたすら庭の草ひく
