川本千栄「樹雨降る」（2015年；ながらみ書房）
こめんと
第3歌集。評論では鋭い力技の印象がある作者だが、穏やかで細やかな歌が並ぶ。大きな病気を経験したからかもしれない。
付箋
母われに言いたくないことあるという子がまだ膝にのぼり来るなり
右手だけぐうんと長く描かれて子は絵日記に兎撫でいる
夫も子も居ぬ昼食のうれしさよ栗入りアンパン薄く頬張り
わたしより長く生きればそれでよい 母は言いおり菓子呉れながら
歌会果て出で行く都大路には静かな雨が浸み込んでゆく
金髪に赤サロペット カロリーヌと共にありしよ小学生われ
先生と呼びうる人はただ一人 最後の歌に蝉の声降る
「国産」の文字のみ灯る肉・魚・野菜 わが子と食べるしかなく
校舎から見れば車のフロントに雲持つ空が貼りついている
子供には北海道の桃食べさせて二親は食む福島の桃
箸箱をカチャカチャ鳴らし幼年期抜けたばかりの学童の列
腎臓はハートの形その中にもっと小さなハート型ある
点滴もれで腫れ上がりたる右の手が元に戻りぬ 身体はかしこい
造影剤射たれたのちに血のめぐる速度で身体は熱くなりゆく
ラジコンカー有害ごみに廃棄して終われりわが子の子供時代は
子供時代終われば終わる私にも小さい子供の親であったこと
雪道をゆっくり歩く融け落ちる雪の雫の音だけを聞き
