永田淳「竜骨もて」（2020年；砂子屋書房）
こめんと
第3歌集。「歌い続ける決意」が、この歌集をまとめることで確固たる信念になったように思う。と後書きにある。若い頃より歌を詠み続けてきた作者が壮年になってこの言葉を記すのは重いことであろう。
付箋
ふくよかに快活なりし君江さん悲しき顔をついに見ざりき
春の夜のいまだ寒きに咲き出でて灯のなき道に辛夷は続く
夜の卓に拙き文字の連なれる宿題二枚に消しゴム置かれ
遠き代に妖怪のかく生れにけん頸をたたみて眠る青鷺
けれどまだ先の講演承けるらしカレンダーにあまた記さる
歌会にて母の引きえぬプルタブを常に空けくれし真中朋久
最後には茗荷の花ばかり歌いたり鉛筆をもてそを書き留めつ
コスモスのようやくひらく季節なり去年ここに居て連歌巻きにき
母の居ぬこの世の川面に風の吹きこの世の時間が流れるばかり
君の好きな葛餅と颯の好きなウルトラマン持ち ３６１号室へ
またおいでと言いくるる祖父母すでになし裏木戸の辺に小さく並び
わが妻をかばうがごとき物言いの息子とおでんの鍋をつつきぬ
今年また大島桜の咲きにけり約束ひとつ果たされぬまま
もう長く櫂の泣くのを見ていない足音低く階を下りゆく
勉強をせぬ息子がと母のごと歌い出さんとして留めたり
子に丈を抜かれたる夜に祝杯をあげんと一人焼酎汲みぬ
麦飯の茶漬けに茄子のぬか漬けを 最後の食と所望するなら
陽に透きて十月桜咲きいたれ遠かりし日の近づきにつつ
