岩野伸子「霧と青鷺」（2019年；青磁社）
こめんと
第2歌集。解説・帯・永田和宏。挿画・森島朋子。「岩野さんは生前の河野が親しく付き合っていた歌友でもあった」と解説にある。
付箋
すでにして老いたる猫なり福助の居座る椅子はわたしのですけど
幸せを説きゐるわれに声低く疲れないかと息子が言へり
のびしろが無くなつた人とわれをいふ息子と冬の橋を渡りぬ
影もまた命あるごと飛ぶものか蝶去りしのち見ることはなし
間違つてゐたかもしれぬ選択の、山茶花ははなびらこぼしてばかり
母がゐない町はもぬけのからつぽで私にはもうふるさとはない
蛍とぶ川のべの道すれちがふ顔なき人に水の香のする
畦道にタカサブロウの花がさく此の世の日和の中を歩めり
売却をするため更地とせし土地に咲きゐし胡瓜草写真にのこる
子規描きしカワラナデシコ、此はやはり石竹ならむ八月十二日朝
万作がもう咲いてゐると知らされてわれもまた人に同じ事いふ
玉すだれとつゆ草の花を瓶に挿し河野裕子をおもふひととき
電話のみのつきあひを経て誠実なる声もつ人と思ひいたりぬ
色紙なる＜カハラナデシコ＞かざりたり今年もめぐる八月十二日
嫉妬疲れした夜の卓に食べむとしラミーチョコレートの箱をあけをり
ありがたうもうあふことのないひとにひらがなで言ふありがたうをいふ
