紺屋四郎『空行くような』（2025年；青磁社）
こめんと
第一歌集。帯・永田和宏、跋・真中朋久。塔に入会したのが1997年。少し遅すぎた上梓。初期の歌がかなり落ちていていささか残念だが、逆に落ちついた、味わいのある歌集となった。市役所の職員から、介護施設、病院の清掃とシニアの仕事の歌が中心。
付箋
いささかのためらいののち被災者に支援対象ならざるを説く
薄氷のごとき勤めと居直りて本日ハヤシライスの旨し
月５ミリきちんと伸びる妻の爪 半身まひの指の先より
山道に沿うて曲がりし水仙の列にしたがい我も曲がりぬ
窓口に待ちくたびれて怒鳴る人なだめるために我が席を立つ
頑張れとただ繰り返すこれ以上頑張りようのないを承知で
こんなときどうするだろう前任の君の簿冊はまだ捨てられず
アボカドの実を真っすぐに切り裂いて今朝見た夢が思い出せない
来世には蛍袋の中に棲み夜ごと小さく光放たむ
切り離し終えてしまえば寄る辺なき無蓋車両は長く佇む
よく回る独楽の静止を見るように満開の花張りつめて居り
陰口に打ちたくもない相槌を打っている我また負けている
見下ろせば瀬戸内海に陽は落ちてそこが浄土と言うほど赤い
縦長の窓の連なるICUベッドの下にモップを伸ばす
深刻な話もそうでないこともあさりの殻と共に聞きおり
後回しする癖なんども叱られてまた叱られてもう叱られぬ
まっすぐに帰らぬもよし一年で一番月のきれいな夜だ
