沢田麻佐子「レンズ雲」（2021年；青磁社）
こめんと
第一歌集。解説・花山多佳子。1970年代の20代の頃に塔にいて、長い休止の後2007年に復帰し、それから2021年までの作をまとめた。「歌を作っていればいいことがあります」と若き日に高安国世に言われたとあとがきにある。
付箋
オルゴールの針の音きらめく卓上に広場のような秋が来ている
屋上に来ればあなたはゆっくりと気付かぬほどの距離を持ちたり
アボカドの思いがけない粒の花 初めてという子と覗き込む
灰色の影を落として降る雪は外灯の輪に吸い込まれつつ
レンズ雲が山の真上にかかりおりそのまま暮れてゆかんとしたり
詠めるうちに歌を詠むべし会えるうちは人に会うべし 切に思いぬ河野裕子を
こわごわと誰か覗けるマンホールのなかのまばゆき月のひかりを
雨ののち晴れまた雨の玄関に見なれぬ傘がふえてゆきたり
樫の木の傍えの電話ボックスにひらいたままの電話帳あり
ひらひらと喪中はがきを書きておりともだちはみな兄を知らねど
連れのなきひと多くして静かなり病院脇のスターバックス
亡き人は亡きこと知らずに集いたる写真の中に夏巡るたび
忘れものしたように不意に思い出す一度も海を見なかった夏
このままに春を迎えることはもうなかりしひとの靴を処分す
