前田康子「窓の匂い」（2018年；青磁社）
こめんと
第5歌集。上のお子さんの年がうちと同じということでずっと楽しみに読んできた。丁寧な歌いぶりと年を重ねたことで生まれる陰りも魅力的で信頼できる作者である。
付箋
家具ほどの楽器を抱え子は立てり弓を正しく弦にあてつつ
混ざり合う音の流れに探し聴くもっとも低き子の弦の音
布と布ふれあうごとき親しさに雪は川面へ吸われてゆきぬ
つつじ咲きつつじあかりは灯りたり 雨降る町のそこにもここにも
自転車が似合う恋なり川風の吹く町を行く息子とその子
熱風が顔にあたれど夕風に破れ目ありぬ そこからが秋
革靴だけ大人びている十八歳誰の子でもない表情をする
返事してくれるわけなく夕暮れを再び端から探す自転車
窓を開け窓をまた閉め夫も子も知らぬ私の一日終わる
京扇子ぱちんと閉じしのち静か 蛍を見ずに六月終わる
小さくても母に予定のある日々よ 青葉の向こうに透けている夏
疲れ果て眠る夫にかける呪文ツルウメモドキサルトリイバラ
よれよれの夫のために一匙のふきのとう味噌ごはんにのせる
「お茶せっけん」使いしことなど玄関に話してそれが最後となりき
子離れがずるずる先へ延びてゆく焼きたてカレーパンにまた並び
ツィードの靴に枯れ草つけたままただ歩きたり母病める日々
うぶ毛のみ動かすような風が吹き渡り終えたくない橋がある
三日月のように丸まりていく母よ老いて病みても我を照らせり
