光野律子「ミントコンディション」（2023年；角川書店）
こめんと
第1歌集。解説・帯：米川千嘉子。ミントコンディションとは古物取引に使われる用語で新品同様の意味だそうだ。作者は長く画廊に勤めていた。画廊は倒産し作者も災難に巻き込まれた。という物語だけでも魅力的だが、それらがテンポ良く展開されている。かりん。
付箋
サイレントピアノにわが弾くバロックの縷縷たる嘆き 夫は眠りて
地下のＢＡＲアラジンの店主シャッターの前に今日よりカツサンド売る
スタッフごと店を売る算段知る午後のオフィスに響くコピー機の音
帰り路に十五夜の月冴ゆる見ゆ解雇通知はポケットのなか
ギャラリーが積荷であふれかえるころ腸閉塞の気配兆せり
わが町に銭湯ありしことに気づく もう絵を売らなくていい私
しずかなる除夜の運河に一斉に汽笛の鳴りてあらたまりたり
何も言わずカレーを平らげ雑踏に消ゆる妹五月雨の降る
夕暮れにヘリオトロープの鉢購い美禰子を気どりてみたき日のあり
いつもより３㎝高いヒール履き演奏会に早足で行く
リムジンを降りれば宿に向かう道こどもくんちの龍踊りに出会う
母に声届けんとすればテーブルの山茶花ひとひら飯碗に落つ
祭壇の前に体育座りで吹く姪のハモニカ喪の家に鳴る
姑はかつて言いたり泥舟でも降りられんのじゃ漕ぐしかないけ
鉛筆の素描にも似た夕まぐれただ紫陽花の青の明るむ
