井上久美子「マザーリーフ」（2017年；本阿弥書店）
こめんと
第１歌集。解説・米川千嘉子。「子のやわらかい命の向こうにやわらかさを拒絶する世界が冷え冷えと聳えているのをみつめている。」
付箋
綿シャツの背中にしわを増やしつつ揺られておりぬ春の電車に
谷戸の青に列車はふかく切り込んでからだを海に近づけてゆく
土曜日のモデルルームで手渡さるこれがふつうの幸せの図
ざわめきはわれに降るものふるさとの橘通りに太き雨あり
黒髪の映える妹ＮＯという言葉はげしく言うようになり
歩幅せまくせまく変わりて母という字のバランスになる下半身
乳歯待つその口元に秋はきてぷうっと高き喃語を発す
進むべき道はなんぼん伸びている手のひらにのせる桃色の靴
ありきたりの間取りの隅に風止まり子のさがす赤のクレヨンが見ゆ
そののちの時間の長さ子と父は墓に伸びたるねこじゃらし抜く
防災マップに避難所としてある学校の学校としての日々を願って
舌打ちを見せて母とう人演ずそれは五十になったキョンキョン
風神と雷神を呼ぶ応援歌どの子も歌いながら駆け出す
