村田馨「疾風の囁き」（2009年：六花書林）
こめんと
鉄道総研に勤める作者の第1歌集。騒音軽減の研究者としての鉄道詠も魅力。歌人・筒井富栄の息子で短歌人所属。 ただ実験作であった散文とのコラボレーションは、歌集とは同列にできないような気がした。 栞：中川佐和子・真中朋久・小池光
付箋
鏑矢がするどく空を切り裂けば的の砕ける音ぞ聞こゆる
主なき馬房のなかに昨日の飼葉そのまま残されており
在りし日の都電の姿とどめおく架線柱やや傾いだままに
公園に蒸気機関車朽ちゆけば突風に舞う錆びた鉄粉
亡き母の遺しし短歌を愛唱す誰に伝えるわけでもないが
いくつもの隧道を抜けすべり着く過去を捨てたる軽井沢駅
夏帽子斜めに被り目をやれば面影橋に都電が走る
貫ける背骨のごとく隧道は北と南をつなぎ止めている
にんげんが子を産む時は夜になる理由が少し分かる気がした
ひとすじのアークまたたく架線からパンタグラフへ意志伝えんと
一瞬の試験列車が残したる架線の揺れと風の足跡
測定器の凍てるケーブル巻きなおし闇に微かな灯り焚きおり
名刺入れに名刺が五枚残りたりもう配られることなき五枚
