佐伯裕子「流れ」（2013年；短歌研究社）
こめんと
第7歌集。東京出身の作者が詠う東京。
付箋
切りかけのキャベツを置きて彷徨に出でたる春の忘れがたしも
船路橋百代橋また渚橋ひんやりその名をきざむ欄干
練兵場戸山が原の下ふかく昨日を乗せて地下鉄が行く
饂飩坂芋洗坂鳥居坂 名を負う坂のみな美しき
デジタル化せよと迫れる声々のとうに電波も所有されつつ
窓へだて溜まる空気の腐るらし晴海四丁目六番地廃舎
「玉電デハ７０」終着駅舎には点りて待てり父と母とが
乱反射しながら向かいて来る息子どうしようもなく独りぼっちだ
歩道橋に雲走りゆきここはもう夏青空の一隅ならん
はまぐりの汁澄みとおる雛の家に俄かに母の老いふかみゆく
寝太郎の視野はこれかとひもすがら一本の樹のうごくを見つむ
