澤村斉美「夏鴉」（2008年；砂子屋書房）
こめんと
第1歌集。栞：米川千嘉子・島田幸典・花山多佳子。角川短歌賞受賞の作者。大人びた落ち着いた歌。 日常の中で言葉がとても慎重に選ばれている感じを受けた。
付箋
窓硝子に吾を呼び出せば胴長く楠の若葉がしろじろと透く
語らねばならぬことなど少なくてカップの湯気は風に吸はれる
弟の寂しさとわれの寂しさと 雪と霙のやうに違へり
大学へ通じる道の幾本かその一本に辛夷咲きたり
背後から越えてゆくのは夕光ためらはず行けさびしくはなし
育ちゆく大学の森そのなかに友をり古き書物をひらく
はじめから失はれてゐたやうな日々海沿ひの弧に外灯が立つ
動かない足にほこりが降りてくる昼餉に一つ塩のおにぎり
考へぬための時間を予約せり秋晴れのけふ歯科へと向かふ
時をわれの味方のごとく思ひゐし日々にてあさく帽子かぶりき
忘れゐし過去が一人で生きてをり毛布をかぶる人に似るかも
かの日の母われを諌めし言の葉の短さに似て暮れる冬の日
なんでもない朝の空にさしだして季節のごとくひらく青傘
