永田和宏「後の日々」（2007年：角川書店）
こめんと
第10歌集。2001年から2003年までの作品。
付箋
平然と振る舞うほかはあらざるをその平然をひとは悲しむ
あきらかに我を越えゆくいくたりを目に確かめて挨拶を終う
牛乳は棚の奥より取るべしと妻の言葉がうしろより飛ぶ
国境（こっきょう）と国境（くにざかい）の別を言うときにさざなみ近江の湖の面の照り
夏帽子着て君が立つゆるやかな葡萄の斜面を背景にして
首をあげればそこがあの世というように薄目の亀が風を感じいる
火もて火を継ぎているなりようやくに冬の陽射しの衰うるまで
文政の江戸の大地図火の匂い籠もらせて江戸の闇はありしか
ビンと缶回収場所まで提げていくこの一週の夜の分厚さ
せめて土曜が休みなら、などと思いおり決して休まないだろうとも思う
もう誰も母を埋めたる場所を知らずこの辺だろうとそれぞれに立つ
ひそみいし小さき闇が廂より這い出づるなり京に路地多し
いまはただ研究にのみ沈みいよついにいずれを択ぶにしても
悶えるように笑いつづける もう何年もそんなあなたと暮してきたが
身長と身の丈は違うものなればこの古き梅の身の丈良けれ
