小黒世茂「舟はゆりかご」（2016年；本阿弥書店）
こめんと
第5歌集。60代の作品。ところどころ、短いエッセイというか補足説明が配置されている。この作者の歌集は初めて読んだ。買って良かった。
付箋
炎（ひ）のなかに火の穂つぎつぎ湧きあがりむかうに鎌もつ婆さまゆらぐ
立ちまよふ霧の出口かこれの世の置きざりとも見ゆ赤き鳥居は
ある日わが忿（いか）りいくつか勾玉に入りてこの世に宣（の）ればおもしろ
内耳といふ迷宮の奥にふたり子の産ごゑいまも泣きやまぬなり
夕焼けのあとの朝焼け 瀬戸内は黒曜石に似たるしづけさ
実母には抱かれしこと継母には背負はれしこと 舟はゆりかご
物足りぬ土曜の街に手の平をひろげてゐたり夕占（ゆふけ）のひとに
それぞれの背中に過去のにじむといふわれは痒かり孫の手借りる
たかき音ひびかせ踊場までくだる赤きミュールを見とどけてをり
＜失敗は成功の墓＞の誤植文字にゆゑなき冷えはふとももを這ふ
夕刊の湿りをひらき＜自己責任＞と＜自業自得＞の文字ひろひ読む
吉野にはあの世この世を縫ひあはす針目のやうな蝶の道あり
