小池光「思川の岸辺」（2015年；角川書店）
こめんと
第9歌集。妻が亡くなって5年。淡々とした生活が描かれている。逃れようのない寂しさが底を流れていて、何とも言えない感情が読者の中に押し寄せてくる。
付箋
一人のみ客を乗せたるバス行きて尾灯の赤をしばらく見をり
姉いもうと仲良きことをよろこびて父親われに涙はわきぬ
自転車の前後に乗せて遠出して砂糖パン食べきかはゆかりにき
母親となりたる志野を見るときに志野かはゆしとせつにおもへり
蝉のこゑさへも途絶えてまひるあり黒日傘の人あゆむひそけさ
そこに出てゐるごはんを食べよといふこゑはとはに聞かれず聞かれずなりぬ
ああ和子悪かつたなあとこゑに出て部屋の真ん中にわが立ち尽くす
思川の岸辺を歩く夕べあり幸うすかりしきみをおもひて
きみの靴捨てむとしたる手ふと止む最後に履きしはいつとおもひて
イチ書いてごらんといへばをさなごは「１」らしきものしきりと書ける
正月の町のひそけさゆふぐれの町を歩めりからだを立てて
山鳩はくもりの中に来て鳴けりわが半生を語るがごとく
ここのつの赤き実つけてゆれゆれる鬼灯買ひぬお盆飾りに
石巻をおそへる台風の映像は空漠とした平地をうつす
雨やまぬよるのことにて尾久といふさびしき駅に電車とまりぬ
秋天にやまばとのこゑひびくときおもかげたちて恋しかりけり
