大辻隆弘「夏空彦」（2007年：砂子屋書房）
こめんと
第5歌集。平穏な日常の中に陰りが過ぎる。夏雲が地上に影を落としながらゆっくり流れるように。
付箋
論といふ細き添へ木をそへられて腐りゆかむとする歌が見ゆ
透明の傘をななめにさし寄せて女は揺らす鉄のにほひを
樹が昏れてゆくいちはやく ばうばくと緋の校庭を見つめてをれば
風となつて通り過ぎてくものたちを見てゐたずつと駅として僕は
水を脱ぐやうにと言はば美しい湯船より飛び出すわが子は
運ばれていくのならさう北の方青さむざむと研がるる向かう
月光の領たる廊をふみてゆく開けはなちたる窓を閉めむと
ひとしきり過ぎたる雲の鋭き影が峡の明るき暗きを分かつ
いもうとの我にあることのはかなくてうつつに遠く響く咳する
おまへなあそこまで言ふかといふ声はわがものにして老いびとの声
