万造寺ようこ「サンドマンの影」（2021年；本阿弥書店）
こめんと
第3歌集。2008年から2013年の歌。まず、すっと身体の中に入ってくる歌。作者は明星の歌人萬造寺齋の娘さんでもある。教員を退職してから萬造寺齋の短歌をテーマに大学院修士課程に入った話は伺ったことがある。猫がお好きのようだ。また、息子さんも娘さんもなんとも魅力的だ。
付箋
時間ごとに手に持つベルを打ち鳴らし校務員さん現れし庭
父の字の崩し字ひとつ読み分けて墨のつらなり歌となりけり
避けゐるはたがひの息子のはなしなり高畑界隈黄葉つづく
街裏になにを隠してゐたのだらう自分でないものになりたかつたころ
四十段登り春楡の幹のもと目にて数へるあと三十段を
迎へくれ送りもくるるむすこなれど改札あたりが限界ならむ
看護師も医師も乳房の傷跡をきれいですねとそつと押さへる
研修生が緊張したるおももちに並びゐるなり診察室は
風のやうに追ひ越しゆきたる人影は見れば息子よ呼べば止まりぬ
髪たばね坐り机に膝そろへ娘は茶碗に上絵をつける
いとしげにことばをこゑに包みながら歌読みくれし裕子さんはも
地の起伏わづかに腕に伝ひくる夜明けの駅へ鞄を曳けば
焼けながら立ち続けたる菩薩なり胎内仏の三千体遺る
ふたたびをモラトリアムの吾なるか積もる書物に寝所とられて
握手の手を握りつづけし友なりき触れたることば今もわが手に
酸素マスクつけて痩せたる姉のからだわたしと似てゐる手首のかたち
吹いてくる風をたわめて風ふくむ若葉の下に人を待ちをり
猫と娘の猫語のこゑがやはらかくゆき交ひてをり朝の厨に
パリに行くこともなからむ裏町の夕べは寒い荻須高徳展
