吉川宏志「石蓮花」（2019年；書肆侃侃房）
こめんと
第8歌集。最終章の母への挽歌の迫力がすごい。青蝉通信にエッセイがある。
付箋
冬の日をたがいちがいに紐とおす新しき靴は濃き匂いせり
こんなにも早い夕暮れ 遠近を失いながら木々は立ちおり
遠き日の妻に重なる ベビーカー畳み子を抱き地下へゆく人
駅までの道に出遭いし木枯らしは小さな渦を巻いてゆきたり
戦死者の足にもねばりついていた泥なのか森の道に踏みゆく
息子には息子の闘い 冬の野の遠いところで尖りゆく見ゆ
われが昔住みしアパート思わせて錆び船のような階段がある
負けずぎらいの娘の恋を聞いておりピザにチーズを巻きつけながら
紅葉になれなかった葉もまじりつつ中門までの石を埋めおり
赤き蔓伸ばせるようにゲラの字を修正したり冬の窓辺に
虹のなかの青き曲線 失せもののごとく確かむ道に止まりて
マヨネーズ減らないのよね 妻言えり息子のいない日々の続きて
わが家にて性のシーンの撮られしを初めて知りぬ箪笥が黒い
映画のモデルだった女性を語りゆく息子を遠き客席に見る
窓に付くしずくしずくに灯の入りて山裾の町にバスは下りゆく
アビカンス、アビカンスと母は呟けり検索すれば石蓮花のこと
電動式ベッドも返せり畳には一年の浅き凹みが残る
母はいない いないだけだよ川べりに秋海棠の垂れさがりゆく
