村上和子「しろがね」（2017年；青磁社）
こめんと
第3歌集。端正で隅々まで行き届いた歌の作りはこの作者の特徴と思う。
付箋
幸先のよき旅となる一輛目最前の席に人影あらず
面伏せて本読む少女の鋭角の左の肘に冬の日あたる
家の中にこもる花の香草の息あしたの窓を開きて放つ
おもひきり躰を傾け急カーブ抜ければかすかにオイルが香る
しろがねの車輪にさせる冬の光ふりこぼれたり漕ぐひとのゐて
やまぼふし咲くころは雨のすきとほり薄荷のやうなつめたさに沁む
舫ひある綱は張りまた緩みたり水にまどろむ船に添ひつつ
一度だけ車で泣きぬ高速道路の路肩に寄せてハザードランプ点けて
読みがたき一字がまじる手紙来て天気予報を聴き逃したり
スカートの両脇握りてうつむきて黒く大きい靴を見てゐし
中島飛行機武蔵製作所にて祖父は父はいかなる戦を生きし
竹の葉を下へ下へと打ちながら雨は地へと還りゆきたり
大風のなかに揺れをり軍帽の總と詠まれし百日紅は
