栗木京子
水惑星（1984）
- 観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生
- 蔑まれ蔑み返す目をもちて昨日の友よりアジビラを受く
- ふたつめのケーキ奢られ失恋をひたすら軽く兄に打ち明く
- 退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らずさよなら京都
- たんぽぽの穂が守りゐる空間の張りつめたるを吹き崩しけり
- 鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつづつ流し出したり
- 張りつめて生きゆく辛さ語る夜獅子座の星のゆるく流れぬ
- 円卓よりしづかに匙はすべり落ち抱きすくめらる腕より胸へ
- 出逢ひしは如月の頃 いま君の妻となりても寒き額（ぬか）もつ
- 半開きのドアのむかうにいま一つ鎖されし扉あり夫と暮らせり
- 人の身に対なす器官多きこと何かかなしと臥して思へり
- いづこへとひかれゆく子か抱きても抱きてもからだかしげて眠る
- 日溜まりに子としやがみつつやはらかく鬆の入りてゆく我が鋭き部分
- 幸せを見せびらかしに日曜の動物園に来て象を見る
- いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星の搏動を聴く
中庭（1990）
- 子の描きしクレヨンの線ひきのばし巻き取り母のひと日は終はる
- 二十五時 木立ちも月もしあはせも偽物（レプリカ）となる闇に目凝らす
- 子には子の匂ひあること小惑星のゑがく軌道に重ねておもふ
- 天敵をもたぬ妻たち昼下がりの茶房に語る舌かわくまで
- 冷蔵庫の奥へと押され干乾びるチーズ、佃煮、潔癖、若さ
- せつなしとミスター・スリム喫ふ真昼夫は働き子は学びをり
- いちまいの女面にむかふ 牙と角いづれが貌を明るませるやと
- かたちより入りたる愛をあたためてひとと吾とをり七たびめの冬
- 扉（ドア）の奥にうつくしき妻ひとりづつ蔵（しま）はれて医師公舎の昼闌け
- 庇護されて生くるはたのし笹の葉に魚のかたちの短冊むすぶ
- 開ききりし鋏置かるる卓上に朝の陽はさす父の日今日は
- 春寒や旧姓繊く書かれゐる通帳出で来つ残高すこし
- 郊外線乗り場のほそき花立てにコスモス挿され風に手をふる
- 地球儀の底もちあげて極地とふ終の処女地を眩しみて見つ
綺羅（1989）
- 草むらにハイヒール脱ぎ捨てられて雨水の碧き宇宙たまれり
- 十月の跳び箱すがし走り来て少年少女ぱつと脚ひらく
- フレミングの左手の法則教へむと子の手をとれば親指ほそし
- 地下駅へ深く降りゆく足元に百年前の町の風吹く
- パソコンの横にバイオの薔薇は咲き日々しろがねの水を欲るなり
- 子に送る母の声援グランドに谺せり わが子だけが大切
- 白き傘ほそく巻き締めたたむとき少年たりしわが前世恋ふ
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