岩野伸子「鉄とゆふがほ」（2010年：青磁社）
こめんと
第一歌集。序：河野裕子。「岩野伸子の歌は並みの歌ではない。それはこの歌集自身が何よりも雄弁に語っていることだ。」とある。深く肯いて読んだ。
付箋
月をまつ池のほとりに点したる灯籠に蛾の翅ひらきをり
事務室に音なき時計掛かりゐて音なきものに縛られてゐつ
土つきし鍬を洗ひて戻す間にたちまち暗き裏庭となる
くりかへし母の読みたる『戒老録』に傍線のありそのあとを読む
あかつきの無音の界にふる雪の始めも終わりもなきごとく降る
チョコレートザボン菓子パン栗饅頭何を食べても晴ればれとせず
距離おきて座りし息子とそれぞれの財布を出して電車賃払ふ
仕返しは必ずすると決めてをりいかに桜がうつくしくても
本当に母は死んだのか給料日を前にとにかく給料計算をする
山の端の輪郭おぼろにありたるが雨降り出でてその形みゆ
芋虫に足はあるのかなど思ひ朝のふとんのなかより出られぬ
当面の仕事なきゆゑ早退を申し出でたる男を帰す
鉛筆とわたしの間を消しゴムがとりもつてゐる春の朝なり
