永田淳「湖をさがす」（2012年：ふらんす堂）
こめんと
第２歌集。2011年1月1日から1年間毎日一首の歌日記。
付箋
初めての母なき元旦迎えたり暇ある日は寂しきものを（1月1日）
酸茎菜の厚らなる葉に雫ありひとつひとつの曲面に雲（1月7日）
こんなにも人とすれ違ったのに四条河原町知った顔にはいちども遇わず（1月25日）
自販機の釣銭口をひとつずつ確かめてゆく黒ランドセル（2月9日）
ゴミ箱を膝に挟みて鉛筆を削りたり母の遺稿を置きて（2月16日）
電柱に茶色く枯れて結わえられ百合はしずかに傾きていつ（3月19日）
不意に咲く辛夷はいつもまっすぐな道の両側すべてが辛夷（4月5日）
お父さん寝なきゃあかんと櫂の言うお父さんなれば春月仰ぐ（4月12日）
東京に住まざる生をよしとせり大島桜は午後の陽に透く（5月1日）
こんなとき何か言ってはくれぬかとわが撮りし母の写真に対う（5月30日）
あと四首出来ぬと言う子を連れ出して夜の川辺を歩いていたり（6月6日）
暑き日に死にゆくことを詫びたるを蝉啼く下に思い出しおり（8月9日）
湖周路の黄の街灯が囲いいる水面の暗さを山腹に見つ（8月20日）
食道を詰まらせてしまった癌のこと歌いおくべし歌えば残る（10月14日）
そしてまた湖をさがしにゆくだろうこくりと骨を鳴らしてのちに（10月29日）
明るさが闇をつくると半月は望遠鏡にさかしまに浮く（11月7日）
言葉にも季節はあると思いたり時雨ののちの午後が冷えゆく（12月6日）
