松尾祥子「海と月」（2015年；柊書房）
こめんと
第4歌集。「どんな時でも、目をそらさずに、歌を詠むことで自分を保ってきました。」と後書きにある。
付箋
筆名をもつこと今はありがたく家を出るたび＜わたし＞をまたぐ
惚けつつも時に覚醒する父が「無理をするな」とわが手を握る
さくらさく浮間舟渡の路地をゆく眼があふ猫にこゑをかけつつ
叱る子はもう家になく賞味期限切れてしまひし卵を叱る
子の部屋でビール飲みつつ友達のごとくに恋の話聞きをり
「次は田無」車掌の声は娘なりいくたびもわれを呼びしこのこゑ
無力なるわれにこゑあり言葉ありこの世に夫をつなぎとめたり
もう駄目とおもふとき温きてのひらを背に感ず 亡き父のてのひら
すべすべの夫の足裏くすぐれど笑ふことなし命なければ
夫の友に夫の急逝伝へたり夫の名前でメールを送り
大き目の二重まぶたの上の子が笑ふとき君の笑ひ顔顕つ
ファミレスで食事してゐる老夫婦わが永遠のあこがれとして
「多磨」五年「コスモス」六十一年を結社に依りて母励み来ぬ
死にたくて死に得ぬ人よ 生きたくて生き得ぬ人よ 海を照らす月
