真中朋久「雨裂」（2001年：雁書館）
こめんと
第1歌集。静かな、でもしっかりと立っている人の歌。
付箋
研究者になるまいなどと思いゐしかのあつき日々黒き向日葵
兄弟のごとく愛すといふことの距離あやまてりひとり育てば
あぶら照り照りかへし凪ぐ湖のうへ湖底の水温書きとめてゐつ
泥をかむ手応は綱をつたはりてみづの底より届き来たりぬ
気団既に秋のものなり冴えざえと月の光は全天に満つ
紫の色鉛筆でたどりゆく渦なして消ゆる風のゆくさき
あやぶみて見てゐる兄の心にもなり得ずきみの恋を聞きをり
学説にすぎぬことをも引きながら説くべきはその谷の風の屍
子の旋毛のやうだと思ひもう一度細線にかへて台風を描く
オクターヴ下げてちひさく呼びかはしみぞれのやうな恋をせしかな
低気圧二つありしが＜南岸＞が深まりゆきてみぞれから雪
紅梅は濃く薫りゐて白梅の標本木のしづかなりける
大通りのむかうにありて妻と子はいたくたのしげにタクシーを止める
さむざむと部屋に歌帖をひろげたり蔵書はいまだ旧宅に在り
