吉川敬子「琺瑯の赤の薬缶」（2022年；青磁社）
こめんと
第１歌集。序・永田和宏。2003年から2016年の歌。家族の時間を大切に詠んでいる。地味ではあるが「自分の時間に錘を付ける」という歌の働きを感じさせる。
付箋
期待に応えられなくてと娘のメール吾は何を押しつけていたのだろう
あっぱれというほかのない眠りっぷり注意をせずに授業を終える
待つことは力いること母はもう結論のみを聞きたがるなり
たわんだりねじれたりした歌がない 一首も詠まぬ夫が言いたり
背を撫でてもらえばさびしい塊がほぐれて深く息を吐きたり
杓文字持ち永田和宏踊りだすきんにゃもにゃーの掛け声にのり
呆ける母と暮らす妹一度だけ出たもの勝ちと言いて責めたり
絵本の名つぎつぎあげて話す夜の隈元榮子をまぶしく覚ゆ
もう母のいない生家の入り口に絨毯のように杏子の花は
一ヶ月ぶりの夫の足音にめったに鳴かぬ猫鳴きながら寄る
茶碗割る乾いた音がひとつして柩の夫は家を出てゆく
四十九日過ぎれば友のだれかれがためらいがちにランチに誘う
しみしみと林檎を食んでいる時に分かち合う人なきを思えり
