安井幸子「肩のある雲」（2007年；青磁社）
こめんと
第１歌集。跋：真中朋久、帯：河野裕子。「詠まれた歌の数々は、人間が生きて、淡々と心暖かく在り続けることの尊さを静かに教えてくれる。（河野裕子）」
付箋
踵より土踏みしむる湿り径ひとがすべりし跡にてすべる
触れずとも布の厚みのよみがへる掌を垂りて佇つ軍服の前
五分の理屈八分に言ひて挑みくる電話口ならなんでも言へる
失職とひと目で分る浮浪者に従く子供らは枕を持てり
百ヶ日は過ぎて期限の迫るなり準確定申告は死者に来る税
解約二件契約二件はたらきて動きて淡し喪のかなしみは
完了検査書竣工引渡書を渡さるる量あるものに疲れ深むる
笑ふこときのふ覚えしみどり児にうつりてわれのきつとよき顔
葱五株残して春となる土に姑が屈まる後姿の見ゆ
満月はおそく射し入り長男をもう忘れたる長男の椅子
