田附昭二「造化」（2018年；青磁社）
こめんと
第3歌集。遺歌集となった。後書きは長女で医師の西村三佐子氏。帯文に「九十歳を超えた作者の最後のダンディズムがここに究まる。」とある。
付箋
もう増えぬ妻の思ひ出いろ深くなりてゆくあり薄るるもあり
七十年隔ててときに思ひ出づ征く友を血書に励まししこと
退院の日の近づけば構はれぬ患者となりて一日長し
何ごとも昨日のやうに過ぎゆきてひとりの窓に日が沈みゆく
去りぎはの鹿の尻尾の仄白く小暗き森にしばしを揺るる
夜半覚めて暗き病室に見放けゐる心を誘ふひとつ窓の灯
歌一首書きて心の安らへば雨を聞きつつ眠りを待てり
落したる花の数だけ明日咲かむ蕾を持ちて道辺の芙蓉
何願ふといふにはあらず町角に地蔵堂あれば手を合はせゆく
夕映えの欠片が落ちてゐるやうに金木犀が路地裏に咲く
花過ぎて茎なほ青き彼岸花四，五本立ちて雨に明るし
