東京駅

• 東京駅煉瓦造りの正面に立ちぬ記憶より小さく親し
  
  
  • 岩�ｱ正子[2009]『ガーベラの花』抄



• 八雲立つ八重洲の路地のおでん屋の親父の赤き帽子を欲す
  
  
  • 石川美南[2011]『裏島』



• ペンシルの先のごとくに〈のぞみ号〉静かに着きぬ東京駅に
  
  
  • 鵜原咲子[2012]『ぶらんこのむかう』



• 自動改札父をしばらくとざしたりわれはぬけたる八重洲口にて
  
  
  • 上村典子[2008]『手火』抄



• 東京駅（ステーション）ギャラリーの小さき室をめくり香月泰男の黒き絵を見き
  
  
  • 大森浄子[2012]『千年ふたつ』抄



• あしたより東京駅の工事場に煉瓦を毀す音もさやけし
  
  
  • 大野誠夫[1951]『薔薇祭』



• 夕つかた東京駅へ行くまでのミシェル・フーコー伝のうらうら
  
  
  • 岡井隆[1994]『神の仕事場』



• 八重洲河岸河岸の夕日に石きざむシヤツ黄ばみたる人々のむれ
  
  
  • 片山廣子[1916]『翡翠』/『片山廣子集（改造社版全集）』



• 通勤の東京駅の階段で幼き迷い抱えまどろむ
  
  
  • 片岡聡一[2012]『海岸暗号化』



• お風呂付和室に泊る東京駅近くに在りし日本の宿屋
  
  
  • 吉川玲子[2012]『星満つる刻』抄



• 冬の夜の東京駅に骨つぼの白き包もち下り立ちにけり
  
  
  • 木下利玄[1919]『紅玉』/[1926]『全歌集』



• 妻子（つまこ）たつ東京駅のホームより呼吸のしないビル群を見ぬ
  
  
  • 木戸敬[2013]『無常迅速』抄



• 如何やうに差すとも濡るる肩抱きて浮世絵を見に東京駅へ
  
  
  • 黒瀬珂瀾[2009]『空庭』



• 東京駅地下ホーム午後十時過ぎ線路上なるねずみの背中
  
  
  • 久我田鶴子[1997]『ものがたりせよ』抄



• 東京駅いまだ瓦礫の秋の陽に見し父母よ生きて逢いし日
  
  
  • 近藤芳美[1968]『黒豹』



• 東京駅中央線エスカレーター長々し右列駆け登りたればゴジラの瞳
  
  
  • さいかち真[2013]『浅黄恋ふ』



• 海なりし八重洲とう街昏れはてて青き月光浸しはじめぬ
  
  
  • 佐波洋子[1991]『光をわけて』



• 昼すぎの東京駅の乗車口に個々に動く人群（ひとむれ）を我は見おろす
  
  
• 八月の日の日向にもこみあひて東京駅にあつまりし群集
  
  
• 傷つきて帰りし兵は今日の昼東京駅に著きしとぞ聞く
  
  
  • 佐藤佐太郎[1942]『軽風』



• 而立（じりつ）のとき見ておどろきし油虫に東京駅の通路にて逢ふ
  
  
  • 佐藤佐太郎[1975]『開冬』



• 最終バスあふれしひとら臨時まつ八重洲南口息ととのへぬ
  
  
  • 坂井修一[2006]『アメリカ』抄



• ほのぐらき八重洲ブックセンターに谷啓論を探さむと居（を）り
  
  
  • 島田修三[2013]『帰去来の声』



• 殺すものと殺さるる者の縁あはく風ほほを撫で八重洲北口
  
  
  • 島田修三（短歌研究2008年8月号）



• いくへにも聞こゆるものか発車ベル耳はせせらぐ東京駅に
  
  
• うぶすなの東京駅を発たむとしアルプスの水「ボルヴィック」購（か）ふ
  
  
  • 篠弘[2006]『緑の斜面』抄



• 地下二階土鳩歩みて地下四階大鴉飛ぶ東京駅は
  
  
  • 田中律子[2010]『プリーズ・コール・バック』



• 東京駅つとポケットに入るる手が母とひろひし椎の実に触る
  
  
  • 田宮朋子[2010]『雪月の家』抄



• 秋の声次第に満ちてゆく街の八重洲ブックセンターまでの地下街
  
  
  • 田村元[2012]『北二十二条西七丁目』



• 人群るる東京駅は巨大なる空所となりてあらむ風の夜
  
  
• 雨の夜の八重洲地下街ひかり満ち凶兆（しるまし）のごと猫の声せり
  
  
  • 高野公彦[2006]『甘雨』



• 深酒をしてわが泊まる小ホテル　《やん》・《ようすてん》の住みゐし八重洲　　《》傍点
  
  
• まんばう顔の青年に道を聞きしかば道に迷へり八重洲ビル街
  
  
  • 高野公彦[2007]『天平の水煙』



• 一泊二日の旅人として東京駅の美男警官に道を尋ねつ
  
  
  • 築地正子[2000]『みどりなりけり』抄



• 春雨の東京驛に骨甕（こつがめ）となりて着（つ）きたりあはれ節（たかし）は
  
  
  • 中村憲吉[1916]『林泉集』



• 東京駅に夜着けば雪　東京の雪は濡らせり堀のうちそと
  
  
  • 永田和宏[2001]『荒神』



• 晝くへる東京驛の食堂にたちまち來たり美少女は去る
  
  
  • 二宮冬鳥[1974]『昨夢集』



• 清潔な箸のちからをうばうため八重洲口にて二度を会いたり
  
  
  • 野口あや子[2012]『夏にふれて』



• 帰郷するきみを見送る東京駅　いつかこのまま戻らない背を
  
  
  • 伴風花[2004]『イチゴフェア』



• 機関室に乗せて貰ひし木炭を東京駅に私服の夫が受け取る
  
  
  • 原千代[2009]『天城路』抄



• 墓場まで持ちゆく一つをはらからに打ち明けている東京駅地下
  
  
  • 畑谷隆子[2010]『月虹』



• ゑしやぢやうり会者定離どこかさびしくて東京駅のみつ豆の味
  
  
  • 馬場あき子[2011]『鶴かへらず』



• 郡山より郡山へ出すはがき八重洲口まで来て投函す
  
  
  • 藤川弘子[2011]『余花』



• 霜月のライトアップに浮き立てる東京駅舎大正の色
  
  
  • 古谷智子[2012]『立夏』抄



• 八重洲ブックセンターに万巻の書はありて哀しき肉のついに哀しき
  
  
  • 藤原龍一郎[1992]『東京哀傷歌』



• 東京駅丸の内口の赤煉瓦触れて積み上ぐものの温かり
  
  
  • 本渡真木子[2011]『裸身の楠』抄



• 人を縫い人を分け人と目をそらす東京駅を歩くさびしさ
  
  
  • 松平盟子[2011]『愛の方舟』抄



• 東京駅巡邏に遠く出合ひしをおぼえおはすか遺影の笑みは
  
  
  • 御供平佶[1984]『冬の稲妻』



• 先生が此処訪ひませる旅立を東京駅にわが見送りき
  
  
  • 宮柊二[1975]『獨石馬』



• 八重洲通りをゆき江戸の名の八丁堀ちかき君の店に夕まぐれ着く　　〔パンドラ〕
  
  
  • 森山晴美[2011]『春信』抄



• 東京駅銀の鈴前にて君を待つ人々の長い一日
  
  
  • 森映子[2011]『頭をすべて空っぽにして』抄



• 菓子折りを下げて東京駅に立つ十六歳の吾かげもなく
  
  
  • 山崎方代[1974]『右左口』



• 東京駅地下ゆく夫の黒鞄『風隠集』はあはく眠るも
  
  
  • 米川千嘉子[2001]『一葉の井戸』



• 東京駅地下ゆく男子小学生はをぢさんのやうにしづかであはれ
  
  
  • 米川千嘉子[2004]『滝と流星』



• 東京駅いまだ瓦礫の秋の陽に見し父母よ生きて逢いし日
  
  
  • 近藤芳美『黒豹』



• 東京駅の三つならびし屋根の上靄のなかの日うすくかたむく
  
  
  • 御供平吉『河岸段丘』



• いくへにも聞こゆるものか発車ベル耳はせせらぐ東京駅に
  
  
• うぶすなの東京駅を発たむとしアルプスの水「ボルヴィック」購（か）ふ
  
  
  • 篠弘『緑の斜面』
  
  
  
• 東京駅起点とぞしてうつつなるわが後半生の日常はあり
  
  
  • 秋葉四郎（うた新聞2012年12月）



• 日本が一等国を目指しゐし象徴ならめ駅舎の威容は
  
  
• 大時計の針の進みを見上げゐつ百年の刻かく刻まれつ
  
  
• 横長の赤き煉瓦の駅舎前　馬車人力車光を踏めり
  
  
• 来る去るの差異はともあれかくもあれ東京駅は人生の門
  
  
  • 春日真木子（角川2012年12月号）